
よく聞く
話だけれど
うちの犬
に限って
こんなに
早く
死ぬはず
がないと
思っていた
私も実際、ダコタをなくして
未だに「嘘でしょう?」
と思っている
新しいエルというオス犬を
早々に迎えた後も
朝目が覚めて
傍にダコタがいないことに
気づき、思わず
目が覚めるなり号泣
なんてこともまだある
分かってはいたが、
他の犬が代わりになれると
言うものではないのだ
ことに、ダコタは
飼い主の思惑や生活環境の
変化に振り回された
一番の被害者だったと思う
被害者だなんて思うのは
よしなよ、と友人は一様に
慰めてくれたが、
正直に言えば
マレーシアに彼女を
連れてきたことは
私の人生における最大の失敗
だったと思っているし
連れてこなければ
もっと長生きさせてやれた
のではないかと思っている
ダコタの前に飼っていた犬は
19歳で亡くなったし
あと5年は生かしてやれると
本気で信じていた
だから未だに、
半年前までは普通に
走り回っていたのに
どうして?
どうしてここにいないの?
と未だに目は部屋の中に
彼女を探してしまう
そして彼女とこの部屋で
過ごし始めて2ヶ月ほどで
彼女はあっという間に
いなくなったので
(というより、私が最後の時を
決断し、死を選んだ)
部屋にいるとすでに何年も前に
彼女がいなくなったかのように
時間軸が歪んで
宙ぶらりんになってしまう
ただ最後の時の彼女の
穏やかで何か言おうとしている目や
iPhoneに残ったLive画像
それを見ると愛しくて
これでいいんだという気持ちと
もっと他になんとか
できなかったのだろうかという後悔
が入り混じって泣けてしまう
この気持ちを理解しようと
してくれる身近な人と
ダコタのことを話すとき
ダコタがいなければ
こんな異国にきて
そんな素晴らしい人たちと
出会うこともなかっただろうと思う
ダコタにもらった勇気と
一緒に乗り越えられると仰ぎ見た
楽観的な明るい光
それは今もそばにあるし
どんなに辛くても
季節が移ろって
変わっていくだろうと感じる
だけど、そんな中でも
エルを迎えた後であっても
一生忘れられない大切な存在、
それがダコタだ
ダコタ
こんなダメ飼い主を
慕って、ついて来てくれて
本当にありがとう
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