犬にガンが見つかる28@マレーシア


そもそも

辛い辛いと

言ったって

 

安楽死を

決めたのは

私自身

ではないか

 

その後、仕事や雑多なことに

飲み込まれている間に

行き着いた答えはそれだった

 

安楽死については

もともと私自身に偏見があって

 

「愛犬とは苦しくても最後まで

天命を全うさせ、

一緒にいてやるべきだ」

そう思っていたのである

 

しかし、今回愛犬の志位に遭遇して

安楽死という方法があったことに

心から感謝したし

 

それ以外の選択肢など

全く考えられないだろうと

感じたのである

 

むしろ、苦しむ愛犬を前に

苦しむに任せていることなど

人非人のなせる技だろうと思った

 

骨壺の傍に線香をあげる日々が始まる

 

いずれにしろ、私は愛犬を

送り出した後で

心から安堵していた

 

その初日、

「あれ?意外と私は大丈夫そう

この調子だとすんなり彼女のことを

忘れられそう」

そんなふうにも思っていたのである

 

しかし、悲しみは

別れの実感とともに

じわじわと強まって行った

 

なんで、あんなに

いつも一緒にいたのに

ここにいないの?

 

部屋の中の何をみても

彼女の事が思い出され、

気が狂わんばかりに気配を探した

 

おかしなことを言うと、

自分には、死後も彼女に会える

自信のようなものがあって、

 

絶対もう一度、苦しんでいない

彼女と会えると信じていたのだ

 

しかし、実際のところ、

彼女はすっかり成仏した

とでも言うのだろうか

 

全く、その部屋に、

散歩した道や、

コンドミニアムの中庭に、

姿を見せることはなかったのである

 

結局、今までそこにいたはずの

彼女はすっかりその存在を消し

飼い主の私は、出ない答えを

自問自答する毎日が続いた

 

ペットロスの始まりである

 

 

 

Martha Kobayashi


この記事に関連する記事一覧

コメントフォーム

名前

メールアドレス

URL

コメント

CAPTCHA


トラックバックURL: 
管理人について

小林雅(まさ)
1967年12月生まれ。
日本人女性
独身
家族:おばあちゃん犬、ダコタ
呼び名:Martha
趣味:ヨガ、ハイキング、スノボ

カテゴリー

ページの先頭へ